TACHIHI

MAO RINK
TACHIKAWA TACHIHI

アスリートの夢、
氷と桜、世界基準

浅田真央の夢と立飛の歴史が
紡ぎ合い、
新しい夢を生んでいく

「どうしてもスケートリンクを作りたい!」。一人の世界的アスリート浅田真央の幼い頃からの夢が実を結び、立川と世界をつなぐ施設を目指す。立川に復活した世界随一のスケートリンク。その場所には、幾つもの彼女の想いが刻まれ、誕生した瞬間から、あらたな人を集め、あらたな夢を生み育てていく。

最初に、
歴史と夢の
出会いがあった

鶴田 純

株式会社立飛ホールディングス
開発企画部

中村 和司

株式会社立飛ホールディングス
開発企画部

―― まず、東京の立川に本格的なアイススケート施設が生まれる。そこには素敵なきっかけがあったそうですね。

鶴田 純

株式会社立飛ホールディングス
開発企画部

鶴田 純(以下、鶴田):まず、この話が生まれる背景として立川市の25分の1、98万㎡の土地を所有している立飛ホールディングスという会社があり、スポーツ、文化、芸術、この3つの柱を中心に事業を展開している。そのことを広く多くの方々に知っていただけていたということがあると思います。

スポーツ施設としては、2017年に運用開始された「アリーナ立川立飛」、「タチヒビーチ」、2018年竣工の「ドーム立川立飛」などがあります。また、2020年にオープンしたGREEN SPRINGS内の「TACHIKAWA STAGE GARDEN」もスポーツイベントの開催事例があります。

加えて、2021年には敷地内に「金田スイミングクラブ立川立飛」、2023年には「ムラサキパーク立川立飛」が開業。そして2024年に、この「MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI」が開業しました。

中村 和司

株式会社立飛ホールディングス
開発企画部

中村 和司(以下、中村):実は、ららぽーと立川立飛の当初の計画図の中にスケートリンクがあったんです。この周辺地区は昔、スケートリンクがもともとあった場所です。その時代を経験している人が地域には多くいらっしゃることもあり、その後も話はいただくことがあったのですが、集客採算を考えると難しく断念しました。ところが、浅田真央さんがお話を持ってきてくださり、ついに実現に至ったという大きな流れがあります。

―― 浅田真央さんと立飛グループの出会いとは?

鶴田:ある日、浅田さんが社長の村山のところへ直談判にいらっしゃったわけです。2021年3月頃のことだと聞いています。その際、浅田さんは2枚のA3用紙を手にされていて、白紙の部分には自身の想い描くMAO RINKやスケートに対する想いがびっしりと手書きで記されていました。それを村山の前で熱心にプレゼンされたそうです。

村山は、その時に浅田さんのスケート界に対する強い想いや、子どもの頃から抱いてきた”スケートリンクをつくりたい”という夢に込められた熱意を感じ、お話が進んでいった……そうした経緯になります。

―― 立川立飛のスポーツ振興事業と歴史的なベース、浅田さんの想いが結び付いたんですね。

夢をかたちへ。
走る人々のこと

―― スケートリンク建設には特別なことも多いでしょうね。建設に当たっての進捗や技術的なご苦労などは?

中村:最初に浅田さんがスケッチされたパースがあり、それを見ながら、当社敷地のどこであれば実現できるかという場所選びが最初でした。「ららぽーと立川立飛」の集客にもつながるような場所を考えていく中で、この場所が最も適しているという結論に至りました。

近くに結婚式場や産婦人科、立飛麦酒醸造所もある。そのすぐ隣で、カフェで人々が楽しそうに談笑している。そんなイメージも湧いてきてこの場所に決まりました。

実は、スケートリンクの施設運営者や施工を行う企業は、日本に何社もないんです。今、私たちがお願いしているのは(株)パティネレジャーと言って、業界でもトップクラスのスケートリンクに関する技術を持つ企業で、計画段階から共に取り組んでいます。

建物に関しては、やはり氷やスケートリンクになると、内外の湿気だとか、さまざまな懸案事項がありますので、沢山の経験をお持ちの(株)山下設計と(株)北野建設に設計と施工をお願いしました。

鶴田:浅田さんからのお話を伺った時点で、すでにサブリンクやトレーニングルームなども併設した国際規格の施設を造りたいという構想がありました。さらに、カフェなどを備えた憩いの場を持つ施設というイメージも、総じて浅田さんが想い描いていたものです。

―― そういう施設を併設しているリンクは、日本で他にありますか?

中村:リンクになると公共の施設が多くなってくるので、なかなかこのような施設はないと思います。

―― 最初からMAO RINKという名前は決まっていたのでしょうか?

鶴田:2021年の浅田さんのプレゼンから検討期間があり、その間も地道に計画をしながら正式にプロジェクトとしてスタートするのが2023年……MAO RINK PROJECTとして始動しました。その過程でMAO RINKという名前が決定されたと記憶しています。

―― 大変だったことは?

鶴田:まず、2024年11月に立飛グループが創立100周年を迎えるというタイミングであったことから、11月オープンが目指すべきスケジュール感としてありました。そのため、工期の短縮に向けて細やかな調整が必要でした。

中村:やはり、浅田さんのアイデアを活かすため、調整作業には入念な対応が求められました。浅田さんは非常に多忙な時期で、毎日朝から練習に集中されていました。私たちだけの判断で進められるわけではないので、タイミングを見て当社へお越しいただき、一緒に話をしながら決めていきました。

―― 浅田さんプロデュースは、設計段階からですか?

中村:浅田さんは、プロジェクトの全てに関わってくださっています。最初のコンセプト検討にはデザイナーにも入ってもらいましたが、浅田さんの具体的なアイデアをご提案いただきながら進めました。

―― エントランス右側の鉄のパンチングパネルのテキスタイルデザインも面白いですね。

鶴田:ゴールドの壁面ですね。コンパルソリー柄と言って、フィギュアスケートでかつて行われていた規定種目であるコンパルソリー競技(決められた図形を、氷に残る跡が正確に重なるように滑る)の際に氷の上にできる軌跡を模様にしています。実際に浅田さんがスケッチしたものが基になっています。

中村:施設内の絨毯も同様にコンパルソリー柄が施されています。それから、浅田さんの意向で、子どもたちが将来羽ばたいていくというイメージを持って、外装に金・銀・銅を入れているところは、建築側のコンセプトとして大きなポイントでした。

MAO RINKで育った選手たちが将来オリンピックに出場し、メダルを目指してほしいという浅田さんの思いを込めて外装や内装のサインなどに金・銀・銅の色を使っています。

―― それが、この全体としてシックな感じに見せているところもあるのでしょうね。

鶴田:浅田さんは、スケートをしに来る人だけでなく、一つのスポットとして訪れたくなるような建物にしたいというイメージもお持ちで、その想いが施設の随所に反映されています。内装に関して、メインリンクは黒を基調として、イベント時の演出が映えるように、サブリンクは白基調で開放的なイメージになっています。
氷の滑り心地もよく、浅田さんは世界一のリンクだとおっしゃっていました。


×
唯一のサブリンク
×
国際規格

矢島 優

株式会社立飛リアルエステート
不動産部

―― サブリンクに窓があって、春には満開の桜を見ることができますね。外の景色が見えるサブリンクはとても珍しいそうですね。

鶴田:浅田さんも自身の経験から世界各地のリンクをご存じですが、窓のあるスケートリンクはなかなか珍しいのだとか。断熱性を考えると効率が悪くなるので、普通は設置するようなものではないそうです。

サブリンクの窓から見える桜は、この場所にあった樹齢70年ぐらいのソメイヨシノの大樹です。建築の段階で桜を残すことにしたのは、村山が「ここに、桜を生かせる建物をつくれたらいいね」と話したことがきっかけでした。滑りながら外の景色が見られる開放感のあふれるサブリンクも、MAO RINKの特徴的な魅力の一つだと思います。

中村:この建物はサブリンクが一番メインかもしれません。実は、サブリンクと桜を中心に施設の配置や角度が決まっていきましたし、サブリンクのサイズ感も非常に大きくなっています。

―― 建物自体の配置にも、その桜を残して生かすということが反映されているとは素敵な話です。

矢島 優(以下、矢島):開業初年度には、桜のライトアップをしました。それがサブリンクの中からも大変美しく映りました。オープン初年なので、お試しで仮設として設置しましたが、これからも皆様に楽しんでいただけるように、常設の準備をすすめています。

矢島 優

株式会社立飛リアルエステート
不動産部

鶴田:桜に面したレストランカフェのテラスから、サブリンクが見える設計にしたことも工夫した点の一つです。カフェの利用者は、リンクで楽しく滑走している人々の様子を見ながら、ゆっくりと食事やお茶を楽しめる。カフェとリンクが繋がるようなイメージを持って、設計しました。

―― それに国際規格のメインリンク。こだわりはなんですか?

鶴田:客席は常設1,000席を備え、照明もイベント時の演出に対応できるよう、照明を100%、75%、50%、25%と段階的に調整できる仕様にしています。

中村:さらに、照明をご覧いただくとわかるのですが、リンクを真上から照らしていないんです。これは、照明が上下からの冷気にさらされるとすぐに故障してしまうためで、あえて横向きに設置されています。巨大なシーリングファン(天井に取り付けている扇風機)もありますが、熱効率や長期使用を考えてこのような仕様になっています。

最初から、
地域 + 未来への
ソフト運営

―― 立川に生まれたリンクだからこその運営の基本方針はありますか?

矢島:やはり地域の方に愛される施設でありたいというところが第一です。子どもたちが初めて氷に触れる瞬間から、ゆくゆくは夢を追いかける選手が出てくると嬉しいですね。
生涯スポーツとして、子どもから大人まで楽しんでいただけるようなスケートリンクであればいいなと思っています。

―― 未来へどのようなことを取り組み始めていますか。

矢島:多くの方にリンクをご利用いただき、この施設を一番好きになっていただきたいです。その一環として、スケートスクールを始めました。開設当初から反響があり、約270名規模で、子どもから大人、そして上級者まで対応できるようにMAO RINK所属のインストラクターが指導しています。インストラクターの中には、浅田さんと一緒にショーに出演されていた方もおります。

スクール事業と別にMAO RINKスケートクラブも開設いたしました。こちらは約50名の生徒さんがおります。クラブには競技を目指して取り組んでいる生徒もいらっしゃって、すでにMAO RINKスケートクラブというクラブ名で試合に出ているお子さまもおります。今後が楽しみな状況です。

体験教室という1日でアイススケートをお試し体験するイベントも定期的に行っています。これは、主にホームページ上でご案内しておりますが、イベント告知後、翌日には定員となることが多く、大盛況です。

―― MAO RINKの次なるステップは?

矢島:フィギュアスケートの文化をさらに豊かにできればなと思っています。次世代の育成拠点となるようなリンクになれば、地域の活性化にもつながりますし、私たちにはその義務があると思っています。

世界というと、ちょっとまだ早いかもしれませんけれども、ゆくゆくは立川立飛のMAO RINKから旅立った選手が、育っていき、世界で活躍するような選手になってもらえると、なおうれしいですね。

―― 素敵なスポットとして人が集い、その人たちの視線の向こうに将来のオリンピック選手がいる、なんて素敵な未来が見えてきますね。